不調を癒すのは希望

以前勤めていた整形外科クリニックでは複雑な事情を持つ人達を主に担当していました。

入職するとき、クリニックの院長からミッションをもらっており、そのために個室を与えられました。

「オレでは良くならない人たちを、どうにかしてくれるか?」

神戸の下町にあるクリニックですが、院長はとことん向き合うことで評判で、いわゆる「たらいまわし」にされた人々がたどり着くような所でした。

僕はその前の救急病院に勤めていた頃から、整形外科にもカウンセリングのような内面的な要素が必要だと主張していて、それを聞いた院長に声を掛けてもらい、一年考えてクリニックに移りました。

僕に処方される方々は、大抵の場合もう4〜5軒は医療機関を回ってきたあとでした。

それも最後には著名な病院や大学病院を訪れていて、現在のスタンダード医療では「どうにもならない」と烙印を押されていました。

みんな医療不信に陥っていて、クリニックに来たのも友人にせっつかれて期待もしないで来るなど…最初からハードルが高い人たちばかり。

すっごく難疾病であったり、いわゆる治療方法がない難病の方々というわけではありませんでしたが、他では手に負えない事情を持って、たらい回しにされている。

家庭内暴力が潜んでいたり、精神疾患を併発していたり、ハラスメントなど社会紛争のさなかにいたり、事故外傷から合併症を繰り返し、手がつけられなかったり…。

院長は僕がリハビリにアレクサンダー・テクニークを導入する意義を理解し、個室を用意してくれました。

そして僕は8年間、その部屋でそういったにっちもさっちもいかない人たちを迎え入れ、やがて「どこへ行ってもどうにもならなかったのをどうにかしてくれる」リハビリをする先生がいる、ということで評判になりました。

処方される人たちにここに来た理由を尋ねると、友人に聞いた、習い事で聞いた、スーパーやバスで噂を聞いた、と地域のあちこちで聞かれる、ということでした。

クリニックは深江という神戸市の一番東の端っこにあるのですが、リハビリに来られる人たちは市内から近隣の芦屋市や西宮市、宝塚市と拡大していき、勤めている最後の数年は西は岡山から西は奈良や和歌山、そして東京から深夜バスで通われている人まで出てきました。

僕は怨恨や辛み悲しみを個室で聞き続けながら、耐えるしかなかった人たちの緊張を解いていきました。

緊張を解くと出てくるのはみんな同じです。

希望。

それが身体の不調を治していくのです。

それをずっと見てきましたから、間違いないと確信しています。

今年、僕はコロナ拡大のさなかで自分の会社を立ち上げ、クリニックを退職しました。

自分を必要としてくれている人たちが世の中にかなりの割合でいることは分かりました。

そして、リハビリテーションは既存の枠を超えなければ、やがて行き詰まるのもヒシヒシと感じています。

それで、独自に動いているのです。